カメラの性能が飛躍的に進化した現代。特にミラーレス機が中心となった今、「電子シャッター」と「メカシャッター」という撮影方式は、写真の仕上がりや撮影体験に大きく関わる重要な要素です。しかし、両者の違いや正しい使い分けを、感覚ではなく理屈として理解している人は意外と少ないのではないでしょうか。
この記事では、 電子シャッターとメカシャッターの特徴、メリット・デメリット、撮影シーンごとの使い分け を徹底解説します。これを読めば、あなたの撮影効率や写真のクオリティが大きく変わるはずです。
仕組みを理解する:メカニカル vs. 電子
まずは、それぞれのシャッターが具体的にどのように動作しているのかを理解しましょう。この基本的な違いが、後の画質や性能の差となって現れます。
メカニカルシャッター
メカニカルシャッターは、フィルムカメラの時代から続く、物理的な幕を使った機構です。
仕組み
イメージセンサー(またはフィルム)の直前または焦点面に配置された、2枚の遮光性の「先幕」と「後幕」というブレード(羽根)が物理的に開閉することで、露光時間を制御します。
- 露光開始:先幕が開き、センサーに光が当たり始めます。
- 露光終了:後幕が追いかけるように閉じ、センサーへの光を遮断します。
特徴
- 物理的な動作に伴う「シャッター音」が発生します。
- 高速シャッタースピードでは、先幕と後幕の隙間(スリット)がセンサー上を移動することで露光が行われます。このスリットの幅が露光時間となります。
- 最高速のストロボ同調速度(例:1/250秒や1/200秒)が設定されています。これは、センサー全体が一瞬で露光される最大速度です。
電子シャッター
電子シャッターは、物理的な可動部を持たず、イメージセンサー自体が電子的に露光を制御する技術です。
仕組み
センサーの各画素(ピクセル)から電子的な信号を読み出す(リセットする)タイミングを調整することで、露光を行います。物理的な幕の動きはありません。
- ローリングシャッター(Rolling Shutter): 現在のほとんどのカメラに採用されている方式です。センサーの上端から下端へ、行(ライン)ごと、またはブロックごとに順番に信号の読み出しとリセットが行われます。つまり、センサー全体が同時に露光されるわけではありません。
- グローバルシャッター(Global Shutter): 一部のハイエンド機に搭載され始めています。センサーの全画素を一斉に露光し、一斉に読み出すことが可能です。
特徴
- 物理的な動作がないため、原理的に無音(サイレント)撮影が可能です。
- 極めて高速なシャッタースピード(例:1/32000秒など)を実現できます。
電子シャッターの圧倒的なメリットと避けるべきデメリット
電子シャッターは未来の技術ですが、万能ではありません。その強みと弱みを深く理解しましょう。
メリット
| メリット | 詳細 | 実際の利点 |
| 無音・サイレント撮影 | 物理的な動作がないため、シャッター音が一切発生しません。 | 結婚式、劇場、動物撮影、報道など、音を立てたくない環境で絶大な効果を発揮します。「ステルス撮影」を可能にします。 |
| 超高速シャッタースピード | カメラの限界を超える速さ(例:1/32000秒)が設定可能です。 | 快晴の屋外で大口径レンズを開放したい時や、一瞬の動き(水滴、高速な被写体)を完全に静止させたい時に役立ちます。 |
| 高速連写性能の向上 | メカニカルな幕の動きによる制約がないため、連写速度が大幅に向上します。 | スポーツや野生動物など、決定的な瞬間を逃さないために、秒間30コマなどの超高速撮影が可能になります。 |
| 振動・ブレの抑制 | 物理的な衝撃(シャッターショック)がないため、微細なブレを完全に排除できます。 | 超望遠レンズやマクロ撮影において、手ブレ補正と相まって画質を最大限に高めます。 |
デメリット
電子シャッターの最大の弱点は、現在の主流であるローリングシャッター方式に起因します。
ローリングシャッター歪み
センサーの上から下へ読み出しに時間がかかるため、高速で動く被写体や、カメラを高速で振った時(パンニング)に、画像が歪んで記録されます。
歪みの少ない高性能なセンサー(読み出し速度が速いスタック型センサーなど)を選ぶか、歪みが出ない速度で動く被写体を選ぶ必要があります。
バンディング・フリッカー
蛍光灯やLEDなどの人工的な照明は、実際には非常に高速で点滅しています(フリッカー)。電子シャッターは露光のタイミングが行ごとにずれるため、この点滅の周期と干渉し、写真の一部が暗くなったり、色の帯(バンディング)が発生したりします。
メカニカルシャッターを使うか、フリッカーレス撮影機能が搭載されたカメラで対応する必要があります。
ストロボ(フラッシュ)使用の制約
センサー全体が一瞬で露光されないため、ストロボが発光するタイミングと読み出しのタイミングが合わず、画面の一部しか露光されない(黒い帯が入る)現象が起こります。
基本的に電子シャッターではストロボを使用しないか、メーカーが対応を保証している特殊な高速シンクロモードでのみ使用します。
メカニカルシャッターの変わらぬ価値
電子シャッターが進化しても、プロの現場でメカニカルシャッターが生き残っているのには理由があります。
メリット
| メリット | 詳細 | 実際の利点 |
| ストロボ同調 | センサー全体が一瞬で露光される速度(最高速シンクロ速度)が存在します。 | スタジオ撮影や日中シンクロなど、ストロボを使用するすべてのプロフェッショナルな現場で必須の機能です。 |
| 歪みの排除 | シャッタースピードに関わらず、センサー全体が同時に露光される(または非常に短い時間で露光が完了する)ため、ローリングシャッター歪みが発生しません。 | スポーツや動きの速い被写体をストロボ無しで撮影する際に、完璧な形を捉えることができます。 |
| 人工光フリッカー耐性 | 露光が一瞬で完了するため、蛍光灯などの点滅によるバンディングが発生しにくいです。 | 体育館や屋内のイベントなど、照明環境が不安定な場所で安定した画質を得られます。 |
デメリット
- シャッターショックと音: 物理的な衝撃と音が発生します。
- 速度の限界: 通常、最高速は1/4000秒から1/8000秒程度で、それ以上の速度は設定できません。
- 消耗品: 物理的な部品であるため、メーカーが定めた耐久回数(例:20万回)があり、使い続けると故障する可能性があります。
現場での最適な選択
これらの特性を踏まえ、プロの現場ではどのように電子とメカニカルを使い分けているのでしょうか。これは、撮影「目的」と「環境」によって明確に区別されます。
メカニカルシャッターを「選ぶ」べきシチュエーション
メカニカルは、「光の品質」と「形の正確さ」を最優先する際に選びます。
- ストロボを使う撮影(最優先): スタジオポートレート、商品撮影、日中シンクロを使ったポートレートなど。
- 人工光下での撮影: 蛍光灯やLED照明の屋内イベント、ライブハウスなど、フリッカー(バンディング)を絶対に避けたい時。
- 動きの速い被写体の撮影(プロのスポーツなど): 歪みを一切許容できない時。最高速シンクロ速度よりも遅いシャッタースピードを使う場合。
電子シャッターを「最大限に活用する」シチュエーション
電子は、「静寂性」と「速度」を最優先する際に選びます。
- 無音性が必須な場合: 結婚式のセレモニー、ゴルフやテニスの大会、博物館や美術館、寝ている赤ちゃん、デリケートな野生動物の撮影など。
- 超高速シャッターが必要な場合: F1.2などの開放絞りで明るい屋外を撮影する時、または水しぶきや爆発的な動きをメカニカルの限界を超えて静止させたい時。
- 超高速連写が必要な場合: 一瞬の表情や動きの変化を逃さないために、連写速度を優先する時。
- カメラを三脚に固定した静物・風景: シャッターショックによる微細なブレを排除し、最高の解像度を得たい時。
ハイブリッドな選択:電子先幕シャッター
多くのカメラには、「電子先幕シャッター」という選択肢もあります。これは、露光開始時だけ電子シャッターを使い、露光終了時にメカニカルの後幕を使う方式です。
- メリット: メカニカルシャッターの「先幕」の動きによる振動(シャッターショック)を排除できるため、シャッターショックによるブレを軽減できます。また、メカニカルシャッターより音が静かになることが多く、寿命も伸びます。
- デメリット: シャッタースピードが速くなると(例:1/1000秒以上)、後幕が追いかける際に露光時間がずれることで、ボケ味が乱れたり、バンディングが発生する可能性があります。
- 推奨用途: 風景写真や静物撮影で、三脚使用時や手ブレ補正を最大限に活かしたい時。動きのない被写体を中速シャッタースピードで撮影する際に非常に有用です。
シャッターは「表現」の道具
電子シャッターとメカニカルシャッターは、どちらも優れた技術であり、優劣をつけるものではありません。重要なのは、あなたがその時、その場所で、何を表現したいのか、そしてどのような制約(音、照明、動き)があるのかを理解し、最適なシャッターを選択することです。
電子シャッターは、無音と速度という究極の自由をもたらしましたが、ローリングシャッター歪みやフリッカーという弱点も内包しています。対してメカニカルシャッターは、音と振動を伴いますが、ストロボ撮影や正確な形状のキャプチャにおいて、依然として「信頼の標準」です。
あなたのカメラ設定をチェックし、「P/A/S/Mモード」の選択と同じように、「シャッターモード」の選択も、表現を左右する重要な決断であることを心に留めておいてください。

